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東京地方裁判所 昭和39年(行ク)30号 決定

申立人 日本理研縫工株式会社

被申立人 中央労働委員会

主文

本件緊急命令中、「穂刈清一に対し金一九二、一〇〇円(税込)及び昭和三九年九月一日以降原職に復帰する日までの間毎月二八日(但し、二八日が休日の場合は二七日)限り、金一五、六〇〇円(税込)を支払うべし。」とある部分を、「穂刈清一に対し金一七四、四六〇円(税込)及び昭和三九年九月一日以降原職復帰の日までの間毎月二八日(但し、二八日が休日の場合は二七日)限り、金一三、一五〇円(税込)を支払うべし。」と変更する。

申立人のその余の申立を却下する。

理由

申立会社は、本件緊急命令の取消を申立て、その理由として、次のとおり述べた。

1  本件緊急命令は、その手続において違法がある。すなわち、裁判所は緊急命令を発するに当つては、既に発せられている救済命令の全部又は一部を強制力をもつて履行せしめることが妥当であるか否かについて、これを申立てた労働委員会の主張にとらわれることなく、独自の立場から判断すべきであり、そのためには、労働委員会だけでなく、救済命令の名宛人である使用者に対しても審尋の機会を与え、双方提出の資料に基いて、労使間の実情を調査することが必要である。しかるに、当裁判所は本件緊急命令を発するに当り、使用者である申立会社に審尋の機会を与えることなく、労働委員会から提出された資料のみに基いて判断した。従つて、本件緊急命令は、使用者である申立会社に審尋の機会を与えなかつた点において違法であり、全部取消を免れない。

2  仮にしからずとするも、本件緊急命令中、原職復帰を命じた部分は違法である。すなわち、申立会社は、穂刈清一の解雇当時、同人の担当していた裁断係に他の従業員をあてていたが、本件緊急命令に従つてとにかく同人を裁断係に復帰させた。しかし、申立会社は、裁断係を増員することはできず、穂刈の復職に伴つて余剰となつた従前の裁断係担当の従業員については、流れ作業を主体とする申立会社の機構上、他に適当な配置転換すべき職場もなく、さりとて解雇することもできないためその処遇に窮したが、やむなく、機構上の困難を排して、右従業員を本人に適しない職場に配置転換せざるを得なかつた。このように、本件緊急命令は、申立会社に困難な従業員の配置転換を無理強いし、また、なんら責任のない一労働者から適した職場を奪う結果を招いたもので、もし、後日、救済命令が取消されれば、申立会社及び右従業員は甚大な損害を被ることとなる。一方、穂刈は、申立会社から賃金の支給さえ受けていれば、生活に支障を来すことなく、あえて、原職に復帰しなくても、なんら損害を被ることはない。従つて、本件緊急命令においては、賃金相当額の支払、すなわち、いわゆるバツク・ペイのみを命じれば足り、右のように、救済命令確定前に、申立会社及びその従業員に甚大な損害を与えるような原職復帰を命じたことは違法であつて、少くともこの部分の取消は免れない。

3  また、本件緊急命令は、昭和三八年一一月以降、穂刈の原職復帰の日までのバツク・ペイを命じ、同月以降昭和三九年八月までの同人の賃金相当額を金一九二、一〇〇円、同年九月以降のその月額を金一五、六〇〇円(日給額金六〇〇円)と算定しているが、右算定は誤つている。すなわち、穂刈は昭和三五年四月一五日入社した日給者であるところ、同人が解雇された昭和三七年一〇月一六日以前の申立会社の全日給者の平均定期昇給額と同人の定期昇給額の比は別表一のとおりであり、この比率と従来までの同人の勤務態度を考慮すれば、その後同人が引続いて原職にあつたと仮定した場合の定期昇給額は、全日給者の平均昇給額を上廻るということは考えられない。そして、申立会社が群地労委昭和三七年(不)第一号救済命令(以下、本件初審命令という。)を履行していない昭和三八年一一月以降現在までの全日給者の定期昇給の時期及びその平均昇給額は別表第二の(イ)欄記載のとおりであるから、穂刈が引続いて原職にあつたとすれば、右定期昇給期における同人の昇給額及びこれを加算した日給額は同表の(ロ)欄及び(ハ)欄のとおりの額と算定するのが相当である。従つて、申立会社が初審命令により穂刈に支給すべき昭和三八年一一月以降昭和三九年八月までの賃金相当額(昭和三八年一二月及び昭和三九年七月の賞与を含め)及び昭和三九年九月以降の日給額は別表三のとおりである。以上の次第であるから、これと異る算定の下に穂刈の賃金相当額を認定して発せられた本件緊急命令中バツク・ペイを命じた部分は変更を免れない。

二 当裁判所の判断

(1)  使用者が救済命令取消の行政訴訟を提起すれば、救済命令の確定は阻止され、使用者はたといこれを履行しなくても、なんら制裁を受けることがない(労働組合法第二八条第三二条後段参照)。従つて、使用者がこれを奇貨としてその履行を拒めば、本件初審命令のような、原職復帰とバツク・ペイという原状回復の方法により、速やかに、団結権侵害行為である不当労働行為を排除して労使対等の実現を図ろうとする救済命令の意図は、達せられなくなる。そこで、暫定措置として、救済命令確定前にその履行を強制する制度として定められたのが、労働組合法第二七条第八項のいわゆる緊急命令に外ならない。

(2)  ところで、申立会社は緊急命令を発するに当つては、裁判所は必ず使用者に審尋の機会を与えなければならない旨主張する。しかし、緊急命令の手続については、労働組合法のほか、特にその性質に反しない限り、民事訴訟法の決定手続に関する規定が準用されるものと解すべきところ、裁判所がこれを発する以前に、相手方(使用者)を必ず審尋せねばならぬものと解すべき特段の根拠は見出しがたい。すなわち、(イ)労働組合法その他の法令上使用者の必要的審尋に関する規定は存しないこと、(ロ)同法第二七条第八項によれば、緊急命令は、申立により又は職権で、いつでも取消又は変更ができるものとして、これを発した裁判所が違法措置の是正並びに流動する労使関係に即応する時宜に応じた措置をとりうるものとされていること、(ハ)救済命令は労働委員会の審査段階で訴訟に類似した手続により、労使双方とも十分に攻撃防禦を尽した後に発せられるものであること、(ニ)前記(1)に述べたような緊急命令の制度の趣旨などを考え合わせると、緊急命令の申立を受けた裁判所が緊急命令を発するにあたり、使用者を審尋すべきか否かは、通常の決定手続と同様、裁判所の自由な判断に委ねられているものと解するのが相当である。以上の次第であるから本件緊急命令を発するにあたつて、申立会社を審尋しなかつたからといつて、なんら手続上の違法はない。

(3)  次に、申立会社は、穂刈は申立会社からバツク・ペイを受ければ、生活の保障を得られるから、本件緊急命令により原職復帰まで命ずる必要はないこと、申立会社が穂刈を原職に復帰させるに当り、職務上の困難を排して他従業員の配置転換を行いその結果、申立会社及びその従業員が損害を被つたことを理由に、本件緊急命令がバツク・ペイの外原職復帰をも命じたことを非難する。しかし、不利益待遇を受け企業外に排除された労働者が、生活上の保障を得たからといつて、使用者による団結権侵害が除去されるものとは限らないから、緊急命令においてバツク・ペイのみを命じ、原職復帰を命ずる必要がないという申立会社の主張は、理由がない。そして、本件緊急命令申立事件の疎明によれば、穂刈は、申立会社の従業員をもつて組織される日本理研縫工労働組合(以下、組合という。)の執行委員長として、活発に組合活動に従事し、同人が解雇されるや、組合がその救済申立をして本件初審命令を得たものであつて、同人に対する解雇は一面では組合に対する支配介入行為とも認められるのみならず、本件初審命令並びに再審査申立棄却後も申立会社は組合の団体交渉申入を正当な理由なく拒否し、穂刈自身からの話合の要求にも誠意ある態度を示さず、いぜんとして、反組合的態度を継続している関係上、他に特段の事情の認められない本件においては、申立会社に従業員の配置上困難を強いることがあつても、執行委員長である穂刈を原職に復帰させることが組合の団結権保障のため必要であることが一応認められた。そこで、当裁判所は、原職復帰を命ずる部分についても、本件緊急命令を発したのである。従つて、申立会社が被解雇労働者である穂刈の原職復帰の命令を履行するためには従業員の配置転換その他部内機構上、困難な操作を必要とし、その結果申立会社及び他の従業員に若干の不利益を生ずるとしても、組合の団結権保護のためにはやむを得ないところであつて、右不利益を理由として、原職復帰を命じた本件緊急命令を非難する申立会社の主張は当らない。

(4)  最後に、本件緊急命令中バツク・ペイを命じた部分については、申立会社の疎明により、右算定の基礎たるべき諸事実に関する申立会社の主張のすべてを、一応認めることができるので(申立人の疎明中これに反する部分は、一部従業員についての調査を基礎とするもので、穂刈の昇給額算定の正確な資料とし難い。)これに基き、申立会社が初審命令により穂刈に支給すべき昭和三八年一一月以降同三九年八月までの賃金相当額(昭和三八年一二月及び同三九年七月の各賞与を含む。)を金一七四、四六〇円(税込)昭和三九年九月一日以降原職復帰の日までの間毎月二八日(但し、二八日が休日の場合は二七日)限り支払うべき一箇月の賃金相当額を金一三、一五〇円(税込)とそれぞれ算定し、本件緊急命令中前記部分を主文第一項のとおり変更すべきであつて、本件申立は右の限度で理由がある。

よつて、労働組合法第二七条第八項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 松野嘉貞)

別表一

定期昇給期

全日給者の平均昇給額

穂刈の昇給額

昭和三五年四月

三〇円

三五、四、一五入社のため昇給資格なし

〃三六〃三〃

四七、二〇〃

五〇円

三六〃一一〃

五四、三四〃

四〇〃

三七〃四〃

五〇、一五〃

五〇〃

別表二

定期昇給期

(イ)全日給者の平均昇給額

(ロ)穂刈の昇給額

(ハ)穂刈の日給額

昭和三八年一一月

四九、三八円

五〇円

四七〇円

〃三九〃一〃

二七、〇二〃

二八〃

四九八〃

〃三九〃三〃

二八、四〇〃

二八〃

五二六〃

別表三

年月別

所定労働日数

日給額

一ケ月分の賃金額

昭和三八年一一月

二七日

四七〇円

一二、六九〇円

〃一二〃

二六〃

一二、二二〇〃

三九〃一〃

二四〃

四九八〃

一一、九五二〃

〃二〃

二七〃

一三、四四六〃

〃三〃

二四〃

五二六〃

一二、六二四〃

〃四〃

二六〃

一三、六七六〃

〃五〃

二五〃

一三、一五〇〃

〃六〃

二七〃

一四、二〇二〃

〃七〃

二五〃

一三、一五〇〃

〃八〃

二五〃

一三、一五〇〃

小計

一三〇、二六〇〃

昭和三八年一二月

年末賞与 一、八ケ月分

二一、一五〇〃

〃三九〃七〃

夏季〃 一、七五ケ月分

二三、〇五〇〃

小計

四四、二〇〇〃

合計

一七四、四六〇〃

昭和三九年九月分より日給五二六円

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